2017年7月 8日

漫画家になった
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人生よくわからん。
こんばんわ。しんじです。

最近とんとブログを更新していないので、
なんともだが、
とりあえずちょっと前まで会社で広告を作っていたと思っていたが、
気づいたら漫画家になっていた。

ぼくも何を言っているのかわからない。


とりあえず顛末をきけば普通の話だ。

会社員時代になんとも趣味の絵とか写真とかの気持ちが乗らない、と思っていた矢先、
近しい人から「マンガでも描いてみればいい」とよくわからないアドバイスをいただいた。
趣味としてマンガでも描いてみれば?という軽いアドバイスだった。

マンガを描いたことなどなかったけど、
とりあえずシンプルなストーリーを決めて、
ぶっつけ本番でかきはじめた。
25歳の女性主人公が、急に大学に行きたくなって勉強を始める話だった。


かき始めてわかったことだったが
マンガは作業として手数が非常に多い。
線を引いていくだけの作業なのだが、
やる気どうこうにかかわらず、ある一定以上の時間がかかるのだ。
それが逆にモチベーションキープに役立った気がする。
すぐ出来るものならすぐ終わらせて飽きていたと思う。

Gペンというものを買ってみて、使ってみる。
使いづらくて逆に不向きなんじゃないかと思ったりもしたが、
とりあえず頑張って使ってみる。
ネットでトーンの張り方を検索する。
などなどの苦行が待っていた。

3ヶ月ほど、仕事から帰るとマンガを描く、という謎のスケジュールをこなし、
80ページのマンガを完成させたのだが、
とりあえず完成させたからには誰かに見せようということで
読んでいた雑誌の編集部に送った。


それからは3ヶ月分の休憩をとるようにバイクで遠出をしたりしていたのだが、
とある5月に奥多摩へとツーリングに行った帰り道、
中央自動車道で渋滞に巻き込まれた。
そのときにインカムに電話が来た。
流れでわかると思うけれど、
出版社からだった。
「送ってもらった原稿は新人賞へと周っていて、
いま最終審査に残っています。
賞を取る可能性が高いので、
銀行口座番号を教えてください。
あと私は、今後しんじさんの担当をさせてもらう〇〇です」
という話だった。

結果、賞と賞金、商品をいただくことになった。

その後、「とりあえず次のマンガのネームを見せてください」
という電話が来たが
「ネーム・・・ってなんですかね?」というレベルだった。


その後、担当さんにネームを出し、
再度80ページの短編を雑誌に載せてもらうことになり、
いまはその次のものを描いている。
賞をとってから全てを教えてもらった。

2つ目の短編を描いているときは会社員を続けていたので、
あれ、今週まだ寝てないのか?みたいな苦行だったけど、
いまはさすがに専業になってしまった。



京大に入り研究室から逃げ出し、その後フリーのデザイナーになる。
デザイナーに不安を覚え、気づけば旅館の住み込みをしていた。
旅館でヘルニアもどきになり、制作会社へと華麗にジョブチェンジし見事ブラック社員になる。
血便が出始めたので、東京の高層ビルでインハウスのデザイナーへと更に華麗にジョブチェンジ。サラリーマンの安泰さを心ゆくまで享受した。
気づけば、漫画家になっていた。

この10年、いろんなことが起きたけど、
もう、そろそろ、ゆっくりと呼吸して、生きていきたい。

いや、なんていうか、最近すこし、
本当の漫画家の気持ちがわかってきました。

自分が終わらせないと、誌面はできないし、
自分の頭から自分が面白いと感じるものをひねり出さないとスタートもできない。
いま塗ってるベタは、誌面になるベタなのだ、という当たり前のこと。

「すべてが露出されます」という仕事は、
ある程度開き直らないと、心を蝕む。


at 20:20 | Category : 別枠 | Comments [0] | TB [0]
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