2017年7月25日

7泊の高木さん IMG_1468.jpg

・・・・・・

定期的にバイクでキャンプに行っているのだが、
事件は起きた。

こんにちは。しんじです。


ちょっと前のこと、
仕事が一段落したので急遽バイクでキャンプに向かいました。
キャンプ道具をバイクの荷台にくくりつけて、
近所から中央自動車道にのり、山中湖の手前で下道に降り、
そこから道志の森キャンプ場に向かったのですよ。

家を早朝に出たので、
10時くらいにはキャンプ場につき、
受付を済ませてテントを張り、
それでもまだ昼前だったので、
適当に山中湖まわりをクルクルと周ったりして時間を潰し、
夕方に再度、自分のサイトに戻って焚き火をしていたんです。

そんなときに1人のおじさまが声をかけてきた。
「1人、ですよね?こっちで一緒に飲みませんか?」
そう、その人がいわゆる高木さんである。


高木さんはバンの上にカヌーと舟を1台ずつ載せてきていた。
設営されていたテントは居間が付属した広いもので、
すでにキャンプ慣れをひしひしと感じさせる。


高木さんのバーベキューを囲んで、
僕同様つかまえられてしまったキャンプ場の管理人の息子も交えて宴となったんですが、
高木さんが開口一番言い放った。

高木さん「いやぁこのキャンプ場はいいね。
いろんなキャンプ場を見てきたけど、ここはいい!
もう7泊しちゃったもん!」


・・・7泊?
7泊!?

しんじ「えっと
(よくご家族が・・・いや、指輪をしていてキャンプ場に7泊してる時点でこの発言は危険かもしれない。
いやぁ、よく休み取れまし・・・いや、無職の可能性がある。トラウマのような退職をしてしまっていたとしたら、こんな発言でせっかくのキャンプのテンションを下げてしまっては申し訳ない。
家そんなにあけて・・・いや、もしかしたら家を借りておらず、車で生活しているかもしれない。大人なら住居があるはず、というのは固定概念だ!)
えっと・・・ですね」

高木さん「いやぁーーーー、離婚して無職じゃねぇと出来ねぇしな!7泊とか」

しんじ「なるほど!!!!」


よくよく見ると、高木さんのテントは綺麗に整理整頓されており、
炭や調理具、物干しなども、すべて合理的に収納、管理されている。
バーベキューに使っている胡椒や塩なども、箱の中に複数個、種類ごとに瓶分けされて収納されている。
高木さん「こっちの岩塩のほうが上手いぜ」
しんじ「(これは・・・プロだ)」

同席している管理人の息子さん(28)(ちゃらめ)はやけに親しげにシンジを見ている。
そうか、同世代の仲間がきたから安心しているのか。

そんなこんなで、キャンプ場の夜、高木さんと僕と管理人の三人の宴は続いた。


話を聞くと、
高木さんはずっとアウトドアを生きがいにして生きてきた人物であった。
休みごとに適当な場所にキャンプを張り、
釣りを楽しむ。
一番のお気に入りは湖で自前の舟を浮かべて釣りをすること、
そしてカヌーで渓流をくだることである。

高木さんは舟の楽しさを嬉しそうに話してくれた。

こんな舟があるあんな舟があると延々と話し、
写真を見せてもらったが、
用途に合わせて設計されたいろんなジャンルの舟は
とても合理的な形状で綺麗なものだった。


途中、管理人のぼっちゃんは目の前の川で突いたヤマメを塩焼きにして食べさせてくれたりと、
シンジはアウトドア的にVIP待遇をうけていたのだが、
彼いわく、源流を少し遡ると大量の蛍が見えるらしいので、
三人で蛍を見に行くことにした。

キャンプ場を少しだけ登ると、そこには確かに大量の蛍がいた。
おっさん3人で見る蛍というのは初めてだったが、
これはこれで良いものだった。
全員が歩きタバコをしていたので、
輩っぷりがすごかったが、まぁもう酔っていたのでどうでも良かった。


高木さんは翌日、群馬の建設会社で面接があるらしい。
お開きとなってから、僕が自分のテントに戻る際、
しんじ「明日、うまくいくといいですね」
と言ったのだが、高木さんは答えた
高木さん「わざと落ちて、あと半月くらいココにいようかなぁ」


これほどのキャンプバカは、後にもさきにも彼だけだ。


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2017年7月 9日

早見沙織とは IMG_0497.jpg

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特に言うことなどはないけれど、
なんとなく日課的にブログを更新してみる。


そういえば先日、
前の会社の人と話していたら、
「早見沙織って知ってます?」と訊かれた。

正直まったく聞き覚えがなかったのだが、
その場でスマホで調べてみたら、
僕が見ていたアニメに多数出演していた声優さんだった。

元同僚いわく、「最近早見沙織のことしか考えていないんです」とのこと。
彼は僕より一回り近く年上なので、
もう見事に40代に突入しているはずだ。
そんな彼がなんの予告もなく、急に声優ファンになってしまった。

彼いわく早見沙織は声優業界で一番の実力派、
彼女のCDは涙なしに聞けないそうだ。
正直、なんの根拠もないランキングを聞かされて、
「あなたの中で一番推しのことだけは、分かりました」としか返せなかった。

不思議なものだ。

大学卒業後、国家公務員として働いていたはずで、
その後、事業会社である弊社へと転職、
日々、真面目を絵に描いたような勤務態度を維持している彼が、
どういうわけか、声優を認知し、
見事なまでにグッズを買い漁っている。


時代は21世紀、人々の趣味は多様化し、
お金のかけかたも多彩な選択肢がある。

彼のような人間が半世紀前の時代に生きていたら、
何か違うこじらせ方をしていたかもしれない。
今の時代だからこその、声優への執着である。


かくいうぼくも、おそらく5年前には想像もできなかった趣味や嗜好があるはずだ。
自分では全てが自分という軸から派生した嗜好であると認識しているが、
端からみたら「え?しんじ、アレ好きなの?」っていうような趣味をゲットしているかもしれない。


冷静に考えてみると、
彼は急に声優に入れ込んでしまったわけではなく、
なにかしら紐づく嗜好を彼の中で長い間もっていたのだと思う。

外から見てると「なぜか急に声優にはまってしまった四十路」という感想になってしまうが、
おそらく、こっちが知らなかっただけの部分も多いのだろう。


そんなことを考えていたら、
僕自身、気づけばスマホの壁紙がアニメ・イラストであることに気づいて、
やっと他人の視線が気になり始めた。
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2017年7月 8日

漫画家になった IMG_0942.jpg

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人生よくわからん。
こんばんわ。しんじです。

最近とんとブログを更新していないので、
なんともだが、
とりあえずちょっと前まで会社で広告を作っていたと思っていたが、
気づいたら漫画家になっていた。

ぼくも何を言っているのかわからない。


とりあえず顛末をきけば普通の話だ。

会社員時代になんとも趣味の絵とか写真とかの気持ちが乗らない、と思っていた矢先、
近しい人から「マンガでも描いてみればいい」とよくわからないアドバイスをいただいた。
趣味としてマンガでも描いてみれば?という軽いアドバイスだった。

マンガを描いたことなどなかったけど、
とりあえずシンプルなストーリーを決めて、
ぶっつけ本番でかきはじめた。
25歳の女性主人公が、急に大学に行きたくなって勉強を始める話だった。


かき始めてわかったことだったが
マンガは作業として手数が非常に多い。
線を引いていくだけの作業なのだが、
やる気どうこうにかかわらず、ある一定以上の時間がかかるのだ。
それが逆にモチベーションキープに役立った気がする。
すぐ出来るものならすぐ終わらせて飽きていたと思う。

Gペンというものを買ってみて、使ってみる。
使いづらくて逆に不向きなんじゃないかと思ったりもしたが、
とりあえず頑張って使ってみる。
ネットでトーンの張り方を検索する。
などなどの苦行が待っていた。

3ヶ月ほど、仕事から帰るとマンガを描く、という謎のスケジュールをこなし、
80ページのマンガを完成させたのだが、
とりあえず完成させたからには誰かに見せようということで
読んでいた雑誌の編集部に送った。


それからは3ヶ月分の休憩をとるようにバイクで遠出をしたりしていたのだが、
とある5月に奥多摩へとツーリングに行った帰り道、
中央自動車道で渋滞に巻き込まれた。
そのときにインカムに電話が来た。
流れでわかると思うけれど、
出版社からだった。
「送ってもらった原稿は新人賞へと周っていて、
いま最終審査に残っています。
賞を取る可能性が高いので、
銀行口座番号を教えてください。
あと私は、今後しんじさんの担当をさせてもらう〇〇です」
という話だった。

結果、賞と賞金、商品をいただくことになった。

その後、「とりあえず次のマンガのネームを見せてください」
という電話が来たが
「ネーム・・・ってなんですかね?」というレベルだった。


その後、担当さんにネームを出し、
再度80ページの短編を雑誌に載せてもらうことになり、
いまはその次のものを描いている。
賞をとってから全てを教えてもらった。

2つ目の短編を描いているときは会社員を続けていたので、
あれ、今週まだ寝てないのか?みたいな苦行だったけど、
いまはさすがに専業になってしまった。



京大に入り研究室から逃げ出し、その後フリーのデザイナーになる。
デザイナーに不安を覚え、気づけば旅館の住み込みをしていた。
旅館でヘルニアもどきになり、制作会社へと華麗にジョブチェンジし見事ブラック社員になる。
血便が出始めたので、東京の高層ビルでインハウスのデザイナーへと更に華麗にジョブチェンジ。サラリーマンの安泰さを心ゆくまで享受した。
気づけば、漫画家になっていた。

この10年、いろんなことが起きたけど、
もう、そろそろ、ゆっくりと呼吸して、生きていきたい。

いや、なんていうか、最近すこし、
本当の漫画家の気持ちがわかってきました。

自分が終わらせないと、誌面はできないし、
自分の頭から自分が面白いと感じるものをひねり出さないとスタートもできない。
いま塗ってるベタは、誌面になるベタなのだ、という当たり前のこと。

「すべてが露出されます」という仕事は、
ある程度開き直らないと、心を蝕む。


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