2009年6月20日
名著

「座っていた」
Camera: Nikon F3
Lens: Ai Nikkor 1.4/50
Film: FUJIFILM neopan 100
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ボクは「硬調」と「普通」の中間くらいに優しい層がある気がするんですが、
まぁ、完全に自己満足ですね(笑)
あ、モノクロの写真の話です(↑)
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実は今月に入ってから、すでに本を3000ページくらい読んでることに気付きました。
ただ、そのうちの1500ページくらいは読んだ時間を後悔してます。無駄すぎた。
良かったのは、暗号の本と、大好きな正岡子規関係の本、そして乙一の本でした。
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昔、どこかで「時の洗礼を受けていない本は信用しない」という言葉を聞いたことがあります。
ノルウェイの森の東大生が言ってたような・・・。
ボクも基本的にここ10年くらいに発売された本よりも、
どっちかっていうと、昔の人の本のほうが好きです。
昔では漱石や太宰治とかは何度も繰り返し読んだし、(子規は「本」ではないね)
遠藤周作とか司馬遼太郎とか由紀夫とか。色々と。
とにかく平成の本も読むけど、正直けっこう流し読みがちです。
あ、でもノルウェイの森は3回くらい読みました。
でも、村上春樹はほとんど読みましたが、他は全部一度きりです。
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「名著」の称号は当然、時代が作るものだけど、
今の時代、今の大衆性でははたして「名著」が生まれるのか。
それがスゴイ気になっています。
けして作家の力のことを言っているんじゃないんです。
今の時代に漱石が生まれても、「大正→平成の100年間」に伝わるような、
そんな力は持ち得ない。と思うんです。
いや、表現がよくない。「伝わる」けれど、「力を持たない」。
・・・これも定義が曖昧ですね笑
当然、ボクなんかには分からないようなことだけど、
果たして50年後に「平成を代表する名著」といわれるような本が存在するのか。
これからさらに一部の情報が無限に高価になって、
また一部の情報が、物理的な距離を持たない無料の表記になるわけでして、
社会全体としても「共通の情報」の存在意義・価値も変わるんだと思います。
平成以降に名著は存在するのか。
それがこれから50年近く生きるであろう人生で、確認してみたいことの一つです。
at
23:21 |
Category :
Nikon F3
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Comments [2]
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名著って難しいですねー。紫式部とか清少納言が生き返ってBLOGとか書いててもみんな1ミリも興味もたないでしょうし。
『暗号解読』楽しかったならなによりです。もう一冊同じ著者の本があるのでよかったらお貸ししますよ。
>TETRA
暗号解読面白かったけど、ロゼッタストーンの所はちょっと読むの面倒だった(笑)
あぁ、貸して欲しいかも〜!
ただ、専門的な言葉が増えるとボクは読めませんから、そこんとこよろしく!!